自分にとっての"正しさ"を考え続けよ~メンズファッションバイヤー・MBの新卒時代

自己分析をしたもののやりたいことが見つからない、自分が働くイメージが浮かばない……という就活生に向けて、さまざまな「働き方」を実践する人から「社会に出たときのはじめの一歩」を語ってもらうインタビュー。

今回話を聞いたのは、メンズファッションバイヤー・MBさん。

「男性ファッションを楽しむ土壌をつくる」をスローガンに、20~30代のファッションに迷う男性向けにノウハウを提供。ファッションの基本を学べる情報メディアKnowerMagをはじめ、メルマガ「現役メンズバイヤーが伝える 洋服の着こなし&コーディネート診断」で情報を発信しています。

ファンションが好きだったことからショップの販売員として働き始め、マネジメントを経て独立されたというMBさん、新卒時代のお話聞かせてください!
 

MB

ファッションバイヤー/ファッションアドバイザー/ファッションブロガー/作家

アパレル店舗のスタッフから、店長、マネージメント、バイヤー、コンサルティング、EC運営など多岐にわたる経験を持つ。現在は自身の運営する会社の代表としてプロバイヤーや企業コンサルタントなどの傍ら、ブログ「最も早くオシャレになる方法KnowerMag」を運営。週刊誌「週刊SPA!」の連載のほか、『最速でおしゃれに見せる方法』(扶桑社)『世界一簡単なスーツ選びの法則』(ポプラ社)など著書多数。監修するファッションHOWTO漫画『服を着るならこんなふうに』(KADOKAWA)は2018年現在累計70万部突破。

目 次
  • 病欠で2留・地方国立卒は就活でハンデ?
  • 不利な状況だからこそ「他の就活生ができない答え方をしよう」と考えた
  • 新潟県1のアパレル企業に就職
  • 「ここだけは頑張ろう」という部分を見つけた
  • 販売することじゃなくて、服そのものが好き
  •  迫ってくるダブルの限界
  • 店舗のゴミ置き場、4万円のPC1台からはじめた通販事業
  • 通販の限界値を超える――MBの誕生
  • 正しいことは一人ひとり違う――堀江さんと自分の「正義」
  • 初めての就活で、自分の人生の答えは出ないもの
  • 自分の「正しさ」を大切にしていけば、生きる道が見えてくる

 病欠で2留・地方国立卒は就活でハンデ?


――どんな学生時代を過ごされたのでしょうか。起業や、独立して働きたいというお考えはあったんですか?

MB ゼロといっていいくらい、全くありませんでしたよ(笑)

「好きなことをして自由に生きる」ということへの憧れはありましたが……会社の社長なんて大変だろうし、やりたくないなあという気持ちのほうが勝っていた。

大学在学中も、あまり楽しさを感じられませんでした。本当は東京のある大学で歴史を学びたかったのですが、「家に金がないから、行くなら一円も出せない」と言われたこともあり、地元の国立大のつぶしがききそうな経済学部に入ることになりました。

自分のやりたいことは見つからず、面白いこともない。大学を辞めたくてしょうがなかったんです。

――就活生時代、自分のやりたいことは見えていたんでしょうか。

MB 頭がいいわけでもないし、家のこともあり「とりあえず給料が高いところに就職したい」とは考えてました。僕の家ってすごく貧乏で、父が会社倒産させて借金を背負ってしまった。離婚したあと、お金がないなりに僕ら兄弟を一人で身体壊しながら育ててくれた母に楽してほしい、という気持ちが強かったんです。

在学中に僕も病気を患って、2留していたので就活が大変になるかな、という不安はありましたが、当時の僕はわがままだった。「嫌いなことをやっても多分続かないだろう」と思っていたので、自分の好きな洋服の道に進むか、3年くらいアルバイトをしていた塾業界に就職しようか、とかいろいろ考えていた。

ただ母が心配だったこともあり「新潟からあまり離れたくないな」とは思っていて、新潟の有名企業を中心に見ていました。

 不利な状況だからこそ「他の就活生ができない答え方をしよう」と考えた


――"新潟から離れずお給料が高くて、自分が嫌いなことはしない"が就活の軸だったんですかね。

MB 就活中は「企業の規模感と自分のやりたいことのどちらも大事」というのが頭の中でぐちゃぐちゃしていて。銀行を狙ったりする同級生もいたけれど、何が面白いのかわからなくて、自分は続かなさそうだなと思っていました。

そんな中、新潟で一番大きいアパレル企業から内定をもらいます。

自分の好きなことで、お金の面も悪くない。関東圏にも50店舗ぐらい出店していたから、東京に行こうと思えば行ける。希望通りのところに受かりました。

――軸がはっきり決まっていたから、希望に近い企業に入れたという感じでしょうか。とはいえ、留年されているんですよね。就活は不安じゃなかったんですか……?

MB 面接だと「なぜ3年留年したのですか」って必ず聞かれるだろうし、就活で大きなハンデを背負っているなあ、という実感はありました。他の就活生より不利だろうと。だからこそ、どんな質問をされても「こいつ絶対採用しなきゃ」と思われるような返し方ができないか結構考えていました。

グループ面接で他の就活生の受け答えを見ていたら、会社が自分(就活生)を採用するメリットをきちんと語れる人はいなかったんです。

だから僕は志望企業について深く調べたり、自分の特性を会社でどう活かせるかを考えて、「自分の◯◯が御社の役に立ちます」って語れるようにした。

――よくある「企業に選んでもらう」目線とは違っていますね。

MB 就活だと「どう話そうか」が先に立ってしまって、みんな自分のことだけを考えて話すんですよね。でも相手のことを考えて話さないと、相手の心には響かない。

どんな面接官にも、自分を採用する重要性をいかに分かりやすく伝えられるかが大切になってくると。

いつも面接官と戦う気分で「どう口説いてやろうか」って考えてました(笑)楽しんでいたから、戻れるのならもう一回就活生時代に戻りたいくらいです。

 新潟県1のアパレル企業に就職


――楽しんでいた、なんて羨ましいです。内定後はどう過ごされていましたか?

MB 実は入社が決まった冬に取り忘れた単位があって、もう1年留年することが決まっちゃったんです。採用担当者も「1年間はアルバイトでいい」と言ってくれたので、内定先の店舗で販売をしていました。

だから入社後の働き方もざっくりと分かっていたものの、販売員からどうやってキャリアアップできるのかは見えなかった。面接や説明会で「ステップアップできる」とは聞いていたものの、一生販売やるのだろうか、なんて考えてました。

でも「嫌だったら辞めればいいか」という感じで気楽に考えていた部分のほうが大きかった。もともと留年していたから新卒カードを生かして就活した、とは言えませんでしたし。

――1年アルバイトで働いて、新卒入社されたということですね。

MB アルバイト時代からそれなりの結果を出していたことと、留年していて現役生より3つ歳上だったこともあり、入社後すぐに小さい店の店長になりました。

 「ここだけは頑張ろう」という部分を見つけた


――1年目に店長になるほど成果を出されていたアルバイト時代、気になります。

MB 参考になるか分かりませんが、ゲーム感覚で物事を捉える癖がありまして。

自分の状況を「同じ店舗に配属された4、5人のメンバーの中から販売高で一番になる」ってゲームだと仮定して、それぞれのメンバーの売っている商品や販売方法、どこに隙間があるんだろうなどを考えながら仕事していました。

複数のブランドを取り扱っているセレクトショップでは、まんべんなく売る人もいますが、このブランドはAさん、小物はBさん……というようにそれぞれ得意なジャンルがあるものです。もし他のメンバーが得意なジャンルで僕が接客したら、知識量じゃ負けちゃうし、接客のツボも分からないからメンバーには勝てない。

だから「穴」を探そうと思っていたら、誰も得意な人がいないブランドがあることに気づいた。ここで一番になろう、と思いましたね。

そうすれば、在庫管理の人も商品の減り方が違うと気づいてくれるだろうし、狙い通り「君が入ってからこのブランドの伸び率が高い」って褒めてくれるようになった。

偶然そのブランドのオンリーショップができる計画があり、「店長やってみる?」って声をかけてもらったんです。

――なるほど。実際RPGゲームでも、バランスタイプのキャラより特定の能力が強いキャラのほうが好まれることがある気がします。

MB そうですね。攻撃力が突出していたら、相手がどれだけ防御力高くても多分倒せるけど、逆にすべて並のスキルだったら倒せない。

自分に自信がある人なんてそうそう多くありません。僕も「ここだけ頑張ろう」と考えるとやる気が出ました。いきなり全部頑張るのは難しいんです。

それに、ある分野が突出してすごいという人のほうが可愛がられている気がした。平均以上のレベルでさまざまな仕事をこなす人って意外と褒めてもらえてないんですよね。

僕はそういう生き方しよう、それでいいやと思っていた。

 販売することじゃなくて、服そのものが好き


――スタッフで働いていたころと、店長として働き始めてからの違いってありました?

MB マネジメントは面倒なことも多く、正直嫌だと思うこともありました。人と話すことは嫌いじゃなかったから、なんとか続けられたという感じです。

あとはこの頃に、洋服好きと洋服の販売をすることは微妙に違うんだと気づきましたね。

――ん?どういうことでしょう?

MB ギャップ、と言えばいいでしょうか。僕は洋服そのものが好きで、服に囲まれた生活をしたいと思ってたけど、販売はそこまで好きじゃなかった。

社内で大活躍している人のなかには、僕とは逆でそれほど服好きじゃない人も多いんですよ。失礼な話、「洋服も知らないしあんまりおしゃれじゃない人がむちゃくちゃ売っている」ということにフラストレーションを抱えてました。

――服好きでもおしゃれでもないのに、アパレル業界にいる方ってあまりイメージできませんが……

MB そうした人たちは販売することが好きだから、販売で評価される会社や業界を選んだんでしょうね。その判断は正しいし、自分になかった視点なのですごいなあと思ったけれど、同時に悔しかったですね。服好きとして負けたくない、ってプライドがありました。

 迫ってくるダブルの限界


――ギャップを感じながらも働かれていたと。

MB 新店舗での1年目は手探りでしたが、2年目になると見える景色も変わって、同じように売ることもできました。同時期に複数の店舗をまとめるエリアマネージャーになり、販売高全国一位という記録も作れた。バイヤーもこのとき初めて経験しました。

ただ、去年と同じことを繰り返している違和感があって、面白味が感じられなくなってきた。

「売れている」といっても地方のお店。一日店頭に立っていても、お客様は30人程度。しかも自分の店は特定のブランドのオンリーショップです。新潟市内のこの店に来れる人は何人くらいで、趣味趣向が合う人はそのうちの100分の1ほど。客単価がこれくらい……って考えていくと、年間の売上金額の全体値が見えてきちゃうんです。

そうなると、多くのお客様が入る東京に比べて、自分の居場所はデメリットが多いように見えた。「僕の能力がどれだけ高かったとしても、ガンガン売ってる東京の店長の方が評価されるんじゃないか」って危機感がありました。

 店舗のゴミ置き場、4万円のPC1台からはじめた通販事業


MB 売上の限界値を越えるなら、通販事業に飛び込むのが多分一番簡単かなと考えた。当時ZOZOTOWNはあったものの、ほとんどの人がその存在を知らない状態。「洋服の通販は売れない」というのが一般的な意見でした。

会社の会議で「通販事業をしたい」と打診したら、事業化のために「販売員としての売上ノルマをこなしつつ、3000万円を売り上げる」という条件が課されました。

店舗営業を終えて鍵をかけたあと、ゴミ捨て場にある小さなテーブルの上で、唯一支給された4万円のノートパソコンのキーを叩いて毎日通販作業をしていた。時々腐りながらも、1年くらいやっていたかな。

サイトの構築とコンテンツ制作、運営をすべて自分一人でやっていたそう


――販売員として働いたあとにゴミ捨て場で作業だなんて、なかなかヘビーですね……どうやってモチベーションを保っていたんですか。

MB 僕は自分のブランドが好きだったから、いい商品があることを多くの人に知らせたかったんです。ネット上なら、多くの人がいい商品を知ることができる。それは僕自身にとっても会社にとっても大きなメリットになるから、絶対やらなきゃいけないことだと奮い立たせてました。

通販事業の準備を進める少し前に、決定的な出来事が起こります。

洋服はたくさん買うものでもないので、普通に売っていたら客単価の限界が来るものです。そこで会社は、客単価を上げるために「高級時計を買ってもらう文化を作ろう」という方針を打ち出しました。もし新潟県民の何パーセントかが高級時計を持つようになれば、文化が豊かになるし、会社も潤うと。

この方針に従って、洋服を買いに来たお客さんを説き伏せて数十万円の時計のローンを組ませる、という販売員もいたけど、僕はどうしても納得がいかなかった。

今でも覚えていますが、僕を慕ってくれている大学生のお客さんに高級時計を紹介したら、買ってくれたんですよ。でもその子がクレジットの領収書にサインしていたとき、ものすごい罪悪感に襲われて涙が止まらなかった。

会社に属しているので、自分のやりたくないことをやらないといけない時もあるとは理解しています。このとき、会社としては正しいことだとしても、僕は僕の考える「正しいと思うこと」をやろうと強く心に決めました。

――従業員である以上、会社の方向性は無視しづらいという部分はあるかもしれません。

MB だから通販事業を本当に自分が価値があるものを紹介できる、好きなことをできるフィールドにしたい、という思いが強かった。商品ひとつひとつを撮影し、着用イメージを作り、コメントを書く、という地道な作業も頑張れました。

 通販の限界値を超える――MBの誕生


――実際に1年間頑張られて、結果としてはどうだったんですか?

MB 売上だった年間3000万円を1年で達成できました。しかし事業化を再度上層部にかけあってみたら「そんなことは言ってない、年5000万円を売り上げたら考える」と一蹴されてしまったんです。

まさにどん底の状態でしたが、直属の上司が僕のことを買ってくれていて「この子は正しいことを考えているから、言っていることをやらないと会社は損する」って他の上司たちに言ってくれていた。

もう1年頑張って目標金額を達成したら、事業部が成立。部屋がひとつ用意され、派遣社員も雇うことができて、二人体制でスタートできました。

動画を公開したりもし、売上も伸ばせた。ひとつひとつ課題をクリアしていったものの、同時に息苦しさを感じ始めていました。

――自分がやりたいと思っていたことができて成果も出せる、という環境なのに、なぜ……?

MB 通販にも、お店が扱っている商品しか褒められないという限界値があったんです。動画で説明したり、ブログを書いたり、商品のコメントを書いたりしているときに、嘘が入っちゃっていると思った。当然会社として売らなきゃいけないものがあるけど、フラットにお客様に話せる場が欲しかったんです。

お客様にとって正しいことを追求したい、という僕の正義感と、雇われている以上会社のメリットになることをしないといけない、という気持ちがせめぎあっていました。でも独立して社長になるのは死ぬほど嫌だったので、自分の思いを封印しながら働き続けていました。

――封印しながら働いてたということは、独立のきっかけが他にあったのでしょうか?

MB そのタイミングで会社が買収されると決まって、副社長就任のオファーがあったんです。その場では「はい」って答えたものの、「社長には1600万円の給料を出すように言われている」と聞いてから、収入の限界値に気づいてしまった。

母に恩を返したいから、できるだけお金を稼ぎたい。今の収入でも旅行に連れて行ったりはできるけど、いろいろ足りないな、受けた恩に対して足りないなと思っていたんです。

お客様に嘘をつきたくないという正義感と、この会社にいる限りは目指す年収に届かないという現実が一気に揃ってしまって、MBという仕事が始まったという感じです。

MBさんが運営する「KnowerMag」

 正しいことは一人ひとり違う――堀江さんと自分の「正義」


――会社員時代からMBさんになるまで変わらないこと、仕事で意識されていることはありますか。

MB 続けている習慣はありませんが、自分が好きなことをして、嫌いなことはしない、ということはずっと意識しています。

あるお仕事で堀江貴文さんとご一緒させていただいたのがきっかけで、飲みに行ったりプライベートで合う仲になりました。

彼のことを知れば知るほど、自分との視点の違いがわかってきます。堀江さんは、規模や動くことを大切にするビジネスマンです。彼の考えを聞くうちに、おのずと僕も「堀江さんのように社会への影響力の高さを追求すべきだ、より大きいことをしたい」って思うようになったんです。

でも違和感が拭いきれなかった。どっちが正しいんだろうか、と悩んでいるときに神社で出会った人に「あなたは焦りすぎている、焦らなかったらもっといい仕事ができる」って言われて。

一瞬むくれましたが、良くないなと思って真摯に向き合ったら、たしかに僕は堀江さんとの差を見て焦っている。でも堀江さんの人生での正しさと、僕の人生での正しさは違う。一人ひとり違うから「正しさ」どうしを喧嘩させる必要はなくて、それぞれの「好き」を追求してくことが社会なんだってことに気づけた。

それからは規模の大きさを気にするのをいったん辞めた。自分の好きな人に向けて、自分の好きなことをやっていく……自分が本当に大事にしたいことのために仕事をすべきだって改めて考えたんです。

――なるほど。

MB 実は会社名のEiMにも、そうした意味を込めています。Eがexistence(存在)、iはInformation(情報)、Mはmate(友達)。「存在を情報化すると友達ができる」、規模や利益とかを考えなくても、友達って作れるものじゃないですか。

EiMの会社ロゴ。
 

誰かに何かを強要されて、一生懸命何かの利益に向かってやるということも、素晴らしいことかもしれない。けれど僕の会社では規模じゃなくて、「純粋に好きなことやって友達ができるから、自然と幸せが構築できるよ」という考えを大切にしています。

 初めての就活で、自分の人生の答えは出ないもの


――販売員としてキャリアをスタートされてから、MBさんになるまでの道筋をうかがってきました。最後に、就活生へのメッセージをお願いします。

MB 初めての就職で、「自分の好きなことをやるべきか、もしくはお金になるかどうか」をぱっと考えて、正しい会社を選ぶことなんで無理だと思ってください。僕もそうだったんですけど、人生の答えを明確に出すのは難しいと思っています。

でも、考え続けることは辞めないでほしい。僕自身、自分をとりまく環境は変わっていったけれど、いつも「自分の正義」に向き合っていた。だから、少しずつ物事がいい方向に進んでいって、結果的にストレスのない生活を送れるようになったんだとように思います。

――ずっと考え続ける、って難しいですよね。

MB 就活もみんな同時期に始めて、「安定した大企業に入りたい」って同じ目標を持って、同じように面接する。社会人になっても同じような新卒研修を受けて、同じように出世を望むようになる……っていう大きなくくりに流れされてしまう。そこで思考をやめちゃうんですよね。

ぶっちゃけ何も考えなくたって、給料は上がらなくてもクビにはなりません。だから思考を止めても生きていけるんですよ。そうすると社会にとって都合のいい駒になってしまう。

もし自分が花を咲かせたいと思うなら、考え続けること。いるべき場所はどこだとか、本当に自分にとって正しいことは何か、とか。

 自分の「正しさ」を大切にしていけば、生きる道が見えてくる


――思考停止しないで、世の中の色々なことにアンテナを立てる……ということでしょうか?

MB 常識を疑う、みたいな話だと思いますよ。さっき言った通りだけど、正しさって人それぞれ違う。でも組織のなかにいると、組織のなかの正しさに縋りたくなってしまう。かつての僕にとっての堀江さんのように、引力が大きい人に吸い寄せられがちです。

その引力に惹かれてもいい。けれど、「自分にとっての正しさが何か」をちゃんと考えないとダメ。ちょっとでも考えていれば、自分の生きる道が少しずつ見えてくるはず。人によっては、頑張って東京の上場企業で働くよりも、沖縄のさとうきび畑で働くほうが幸せと感じられるかもしれない。

正しさは一人ひとり、はっきり違う。生きる道を見つけるまで5年10年はかかるかもしれませんが、考えることをやめなければ、必ず自分の良い方向に進めるはずですよ。

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